第39回青梅マラソン 悔走録(UPDATE:2005/6/3)
runner
まあ物には話の順序があるので、まだお読みでない方は31回からお読み下さい。

いやはや、とうとう悔走録となってしまいました!
アデノウィルス?ノロウィルス?
正月明けから始めた飯田橋からの帰宅マラソンの甲斐もあって、ようやく30kmを走り抜ける体力が戻ってきた。
ただ、まだスピードが上がらない。でも、あと2週間ちょっとあるので、まあ大丈夫だろうと高をくくっていた。
2/x(日)、武蔵野の自宅から多摩湖までトレーニングに行くが、これから山道を上ろうというときに急に下半身で異常発生!
あっ、と思った瞬間には「もうどうにもとまらない」水溶性のモノが括約筋の砦を突破!
家からは既に12、3kmは来てしまっているので、とりあえず、微妙な歩きで最寄の公衆トイレへ急ぐ。
トイレで点検すると、案の定…
もう、走る気力もなくなり、電車で帰宅。
特に腹痛が起きたわけでもなく、吐き気もないし、咽頭痛もないし、いったいなんなんだろう?
翌日の月曜日の帰宅ジョギングは、まあまあいい調子の20km
翌々日の火曜日は2/xに結婚披露宴の司会を頼まれていて、その打ち合わせのため、帰宅ジョギング休み
水曜日、寒くてどうも走りたくない気分。
しかし、ここでくじけていては、楽しい青梅は走れない。
気持ちを奮い立たせて、オフィスを出る。 どうにもピッチが上がらず、足はどんどん重くなり、20kmに4時間掛かる異常事態。
木曜日、朝から喉が痛く、土曜日には披露宴の司会という代役のいない大仕事があるので大事を取って仕事を休む。
金曜日、まあ改善のきざしもあり、社外の方との約束もあり、午後から出社し、電車で帰る。
明日はなんとかなるだろうと早めのご就寝…
◇結婚披露宴
披露宴の司会はこれまでにも随分とやってきたが、同年代の適齢期も過ぎ、今回はひさしぶりの司会役。
はりきっていたのだが、どうにもテンションが上がらない、頭もボーッとしてるが、気合と緊張でなんとかなりそう。
いろいろあったものの無事終了、フラフラと家に戻ってから、こりゃあイカンなあと熱を測ると38.8まで上昇。
当然、この日も練習はなし。
◇2週間のブランク
その後、どうにも体調が戻らず、まったく走れない日々が続く。
この時点で、青梅の参加を真剣に悩む。 出走できたとしても完走ができなければでるべきじゃないだろう…
いや、ここで参加しないというのは逃げることであって最後までチャレンジはすべきだろう…
という考えが1日のうちで何度もひっくり返る。
大会の前々日の18日、ようやく走れそうな気がして皇居1周をやや速めに走ってみる。
肺の奥の方が重いのだけど、まあまあ、少なくとも往路は確実に行ける自信はできた。
◇私の分まで頑張って下さいm(__)m
実は今回、簡単に棄権したくない理由のひとつに「友人の初出走」があった。
彼は、この頁でも何回か触れたMH学園の親の会で知り合った友達で、僕がしていた親の会の広報誌の編集長という「とんでもなくやっかいなお仕事」を引き受けてくれた新酋長でもある。
大会前日、所用で出かけていた僕は外出先から携帯メールで明日の待ち合わせとか連絡をとっていた…
彼もこの日はMH学園の発表会(毎年恒例で青梅の前日で僕は昨年までいつもこのスケジュールとのやりくりで大変だった)で、持ち物とか待ち合わせ場所とかを何度かやりとりし「じゃあ、明日は頑張ろう」とメールを締めた。
翌日のレースに向けて準備をしながら、携帯の充電をしようとすると…その新酋長から着信メールが来てたことに気づく
自宅ボヤのため欠場です
まだ現場検証中
そして、驚いてメールすると
自宅と家族の状況のあとに、ご心配おかけしてます明日は私の分まで頑張って下さいm(__)m
なんということか!青梅出場を楽しみにしていた彼の家が火事になってしまったのだ。
応援1
9:00青梅着。前日からの雨も随分と小雨になりこのまま上がりそう。
今年は体調不良の僕を心配してか、久しぶりにカミさんが応援に来るという。
もっとも、仕事が明けてから駆けつけて来るので折り返し地点に間に合うかどうかというところ。
カミさんからゼッケン何番だっけ?とメール。
「9149」悔い、死、駆って感じと折り返しメール。
いつものようにMH学園高等専修学校の陸上部のみんなの応援にでる。雨も上がり、適度な湿度の絶好の青梅日和。
11:45に待機地点に行くといつものように係員がいたので登録をしようとすると今年からは出走登録しないとのこと。
◇応援2
なんか完走できそうなできなさそうな中、遠くで瀬古さんの号砲が聞こえた。
今年は日テレの@サプリなる番組の企画でタレントのハマジュンこと浜口順子とインパルスの堤下くんが30kmにエントリしているせいか沿道の応援も多いような気がする。
てけてけと走ってると昨年も応援に来てくれたMH学園のK先生が山荘の入り口で応援してくれていた。
この時点で肺の調子もあやしくなってきはじめた僕は「すいません、帰って来れないかもしれません…」と言い残して折り返しへ向かう。
◇@サプリ
沿道の皆さんの声を聞いていると前を走っているであろうハマジュンも堤下君に少しずつ近づいているみたい。
6km地点くらいでハマジュンに追いつき、追い越す。
見た目はかなり弱っていてゴールは難しそうに思えた。
その後、9km地点で、聞き覚えのある「イチ、ニ!イチ、ニ!」の声が後ろから聞こえてくる。
そう、20分前に追い越したハマジュンのトレーナーが彼女の若さを生かして追い上げて来たのだ!
一度抜かした女の子にまた抜かれるのは悲しいので、このトレーナーの声を頼りにピッチを上げる。
一度も振り返らなかったがその掛け声は僕のすぐ右後ろで聞こえているので、ここからはずっと彼女達と並走していたのだと思う。
3人で(僕とトレーナーさんとハマジュン)で走っていると山道に入って歩き始めてしまった堤下くんが見えた。
ハマジュンは「ツッツンガンバ!」と云って励まし、堤下君は「ウルセエ!」と悔しさを隠さずエールを返した。
まだ10kmを超えたところだからこれは堤下くんは折り返しまでもきついなあと思いつつ折り返しを目指す。
折り返し
僕の方はというと山道に入ってますます調子が悪くなってきて、ハマジュンのトレーナーの声だけが僕の足を前に出しているという感じ。
長男は今春、高校を卒業だったのだけど3年間担任をしてくれていたS先生がいつも青梅マラソンの折り返し地点にいるというので、カミさん待っているであろう折り返しまではという思いがダンダンと強くなっていく。
折り返し手前、奥多摩大橋のたもとで谷川真理さんがハマジュンの応援に来ていた。
一緒に走っているせいか、自分が応援されている錯覚を覚える。
大コーン手前の右手にカミさんの姿を発見。
ぐるっと廻って、カミさんのとこで立ち止まる「ダメだ、もうやめるよ…」
ああ、とうとう云ってしまった。楽しみのお煎餅ステーションまでも行けなかったが、まあ歳もとってきてるし無理は禁物ということで自分を言い聞かす。
暫く、立ち話をしてから「せっかくだから回収バスに乗ってみるよ」と河辺で待ち合わせをして別れる。
◇回収バス
15km地点の係員にリタイヤを告げると「ごくろうさま、バスに毛布もありますから」と声を掛けてくれる。
バスに乗ると先約は3名、みんな元気ない。そりゃあそうだけどね。
ひとりふたりとだんだんに人が増えていき、もう立っている人も結構でてきた。早めに決断した僕はありがたく毛布にくるまらせてもらって外を見ていると堤下くんが走っていくのが見えた。
バスは最後のランナーを見送ったあと、コースを引き返しながら落伍者を回収していく。
ギリギリまでねばってへばったわけだから僕よりはきっともっと疲れているだろうに、回収バスの中、毛布も無く立っている選手には気の毒だったが知らぬうちに眠りに落ちた。
眼が覚めると川向こうに平行する街道に出てもう河辺の近くまで来ている。
時計をみると14:55分。体育館で着替えてから携帯でカミさんに電話するとコンビニの前で待っているという。
河辺の交差点は最後のランナーを迎える人でごった返している。
初めて沿道の視点で見た青梅マラソンは、初めてのリタイヤとともに貴重な経験でした。
くっそーー、来年こそちゃんとフィニッシュするぞ!
@サプリ後日談
翌週の日曜日、お仕事で外出のため、@サプリが見れないことに気づいてVIDEOにとってもらうと家に電話するが、息子達は起きてくれない。
(あいかわらず、カミさんは仕事に行っててお留守)
で、家にいそうな姉に電話して録画を頼む。
2日後、姉からは映っていたかよくわからなかったけどとコメント付きでテープが送られてきた。
オフィスのTVで見てみるとしっかりと折り返しで映ってるではないか!
まあ、みんな似たようなランナーだからね、実姉でもわからんのでしょう。
共に走ったランナーの皆さん、多くのサポートをして下さいました市民の皆さん、そして大会運営本部の皆さん、ありがとうございました。
また、来年、青梅でお会いしましょう!


一般30キロ 男子の部
記録 太田 秀昭  なし


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